寄付の日

こんにちは、モギコです。

今年も寄付の日がやってきました。
我が家は3月11日をその日にしています。
寄付について初めてきちんと考えた7年前。
お金を渡すという事が意思表示になることを意識したきっかけの日です。

7年前の3月11日。
私は出産後で床上げして生活を慣らしている時期でした。
阪神淡路大震災震度7を経験している私。
地震の揺れは結構な恐怖として体が覚えていました。

7年たって、人々の記憶は風化したかもしれません。
当時のリアルな感情を忘れないためにも、この時期は見直すようにしています。
2011年にとある人に宛てたメールです。
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《前略》
被災地として扱われる地域だからか、赤児を抱えて身動きとれないからなのか、
はたまた関係ないのかもしれませんが、いろいろと考えることがありまして

ボランティア活動や募金についても考えるばかりで体が動かず、募金を有効にしようと思いながらも具体的な募金先を決められずにいます。
ひねくれているとは思いますが、
『帰る場所のある被災地ボランティアってどうなのよ?』とか
『~してやったっていう施しの精神なんでしょ』とか
『してあげたって思ってると被災者の
不満は贅沢って思うんじゃないの?』とか…。
ボランティアの
人たちは元の生活に戻って『いいことをしてきた』っていう自己満足間の後も、
被災者の生活はまだまだ続くし変わらないし、
欲求はより人間的になっていくし俗物と言われるものだって必要だし。
詰まる所、忘れられたくないのかな、と。
10年後も20年後も支援が続くようなあり方を考えたいな、と。

(この辺りまでが4月後半の心境)

地震から早2ヶ月が過ぎ、ようやく私も動き出す気持ちになってきました。
まずは自分の身の回りの私の日常を滞りなく過ごすこと。
四季の移ろいを感じ、子供の成長を喜ぶ。
そして今ある幸せを実感して毎日を大切に過ごす。
そうしていれば自分のアンテナも敏感になってくるし、
物事に対する考えも整理がついてくる、と思っています。

風薫る5月、ヨガの教室も再開され、衣替えやベランダの植物の植え替えもしました。
オットとも議論を重ね寄付先も決めました。
たまにある余震はまだ恐いですが、それにも腹はくくれました。
『震災は起こる。起こったらどうするか考えとけば大丈夫』
そう思えるようになりました。生活の基盤だけでなく地域のコミ
ュニティーとかも含めて。

福島の件に関しては、今回のことでつくづく『無知は罪だ』と思いました。
スイッチ一つで得る利便性が、利用者と関係のない地域におんぶに抱っこだったことを知りませんでした。
私たちは節電で済むことに対して住まいを追われなければならない人がいる。
そのことに対してはやはり気持ちの持っていきようがありません。
それって沖縄の問題と一緒なのかな。とも思います。

今回の震災をきっかけに『臭いものにフタ』だった現実がたくさん見えてきたように思います。
自身の生きる社会についてより考えて行動しないとなーと思っています。

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当たり前の生活って当たり前じゃないと改めた気づかされた震災です。
この時は、さらに電気というエネルギーの礎のもろさに気づきました。

今の生活の便利さは、私以外の人の負担の上に成り立っているものでした。
私の生活は一見元に戻ったように見えても
別の地域では相変わらず負担を負わされたままになって
それが原因で地域コミュニティが分断されていました。

そんな社会の在り方はおかしい。何かを変えなければ。
そう思ったのがきっかけで今の暮らしにつながりました。
自分の生き方は望む未来につながるのか、それが行動を決める基準です。

震災以来寄付を続けています。
震災孤児への奨学金です。
やみくもな寄付はどこの誰に届くか分からない。

私たちは私たちのお金をどう活かしたいかを考えて寄付先を決めました。
その震災孤児はもしかしたら我が子だったかもしれない。
そう思っています。
当時生まれた長女が20歳になるまでは続けるつもりです。
わたしの子どもと同年代を生きる子どもたちが、みな希望を持って生きていけるように。

私たちは一人で存在しているのではなく、様々な要素が絡み合いながら
互いに葉脈のように網のように絡んで存在していると思っています。
小さな力でもどこかに働きかけをしていけば誰かの希望になるかもしれない。

そう考えて、今年も寄付をします。

モギコでした。

《昨日の昼ごはん》
久しぶりのBBQ!
息子のクラブチームの卒業式でした。メンバーでBBQ。
BBQ熱にまた火が付きました。

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